名前、呼び方の話

時代によって違うところが出てくるのですが、戦国~江戸時代あたりを中心に、大名や武将の呼び方の話をちょいと。
まあ、ちょっと歴史をかじるとすぐに理解できるので、「何をいまさら」程度の話ですが・・・

今の日本も、欧米と比べると呼び方が難しい。
例えば、故人ですが、Apple創業者の一人、スティーブ・ジョブス氏。
Apple内部では「スティーブ」と普通にファーストネームで呼ばれます。
これが日本でなら、会社内部では「CEO」でしょうね。
外部の人ならファミリーネームを使って「ジョブスCEO」もしくは「ジョブス社長」とかかな?
目上の人を呼ぶときにあまり個人名を使わないと思います。
まあ、「課長」と呼ぶと何人かが振り向くような状況だと「○○課長」ですけど。

戦国時代となると、今よりも身分差が厳しく、文化も違っていますので、これまた面倒くさい。
例えば、織田信長。
彼の本能寺の変で亡くなる直前であれば、公式文書では「平朝臣右大臣信長(たいらのあそんうだいじんのぶなが)」となります。
織田、という文字は出てきません。

名前の仕組みが今と全く違うからです。
平=本姓(ほんせい)。自分がどこの一門であるかを示すもの。・・・ただし、織田信長の平の本姓は仮冒(ようはなりすまし)とされていますが。
朝臣=姓(かばね)。八色の姓というやつで定められた、天皇から授けられた地位の称号。まあ、身分のようなもの。授けられた一族はずっとその姓のままです。
右大臣=官職名
信長=諱(いみな)。当時の日本においては、これで呼ぶことはとても失礼でマナーが悪いとされていたので、少なくとも生きている間は、公式文書や自筆(祐筆=代筆を含む)の手紙での署名などのごくまれなシーンにしか使われません。よっぽど身分(地位)の差がなければ、「様」「殿」をつけようとも尊称にはなりません。その名残でしょうか、日本では親しくなるまで下の名前(ファーストネーム)では呼ばないのだと思います(同姓が周囲に多い人だったりするなどの例外はあります)。

あれ? 織田は?
織田=苗字です。多くの場合は自分の領地や本貫地(一番最初に授かった領地)にちなみます。「平氏一門のうちの、家(一族意識が強い集団)が織田」というふうに理解するといいのかもしれません。
格式ばらなければいけないときには使われません。

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(2016年6月29日、7月3日、書き忘れのため追記)

中世のころは、領地や役職名などで苗字を変えることが多々見受けられます。
例えば、大弐氏。
これは、九州大宰府の大弐の官職に就いていたことにちなみます。
例えば、最上氏。
この一族(だけでもないですが)は分かりやすい。
室町幕府成立に貢献したため、弟の足利尊氏から岩手県紫波郡に領地をもらう(当時の郡名は斯波)(兄ではあったけど、母の身分が低いため足利家の当主にはなれず、分家となったようです) -> 斯波氏 -> 一族のうち、斯波兼頼が羽州探題として出羽国の最上郡(今の山形県山形市を中心とした地域)に派遣され定着する -> 最上氏(いずれかの時期、山形氏を名乗った可能性も) -> 勢力拡大をしていき、その拡大した地域に子孫にあちこちに領地を与える -> もう、苗字いっぱいw

苗字はあまり変えないパターン
例1 甲斐源氏武田氏の祖は源義光(源頼義の三男。新羅神社で元服したので、新羅三郎義光ともいわれます)。常陸武田、現在の茨城県ひたちなか市武田で領地を得たことに拠って武田氏となります。
例2 盛岡藩南部氏は甲斐源氏武田氏の流れですが、その苗字の由来は甲斐国巨摩郡、つまりは甲斐の南部を領地として与えられたことを由来としています。甲斐に領地を構えていたころに分家として苗字を変えましたが、その後、今の青森県東部、岩手県北部を領地となった後も苗字を変えないままとなり、今でも南部地域と言えば、「青森県八戸市あたりとか岩手県二戸市あたりね」と認識されているようです。
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口頭や簡易的な手紙での表記はさほど格式ばらず、やや現在と似ているところがあります。
信長より目上もしくは同格であれば、「織田殿」「右府殿」あたりでしょう。
まだ尾張の清須城や小牧山城に在城していたころなら、「尾張殿」「上総介殿」あたりかな、と。
身内や特に親しい間柄であれば、通称の「三郎」(殿や様がつくのかつかないのかは関係次第)でしょう。
もちろん、家臣は「御館様」でしょう。
敵対勢力なら、あだ名の「うつけもの」「大うつけ」などでしょうね。ただ、相手の身分を軽んじるために「信長」もあったかもしれません。

話はちょっとずれますが、もしもあの当時に戻ったとして、現代での呼ばれ方で呼んで絶対に本人が自分を指してると分からない呼称No.1は、きっと「北条早雲」でしょう。
本姓は「平」、姓は「朝臣」、官職は「左京大夫」、諱は「盛時」、苗字は「伊勢」、通称は「新九郎」
異説もありますが、現在の有力説ではほぼこうなっています(官職については有力説とまでは言えないようです)。
隠居&出家して号したのは「早雲庵宗端」。
北条を名乗り始めたのは次代の氏綱から。

これを知ったときはショックでしたよ(゚д゚)
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山形を拠点に日本のお城めぐりを趣味としています。
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