岩代若松城(鶴ヶ城)(2)

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2~3度城跡には訪れていましたが、移築三重櫓「御三階」が現存しているとは知らなかったので、訪問してみました。

住所は、福島県会津若松市七日町4-20、阿弥陀寺境内内にあります。

ここに移築された理由は、戊辰戦争によって会津若松の城下が焼けたことによって寺社も焼け落ちたこと。

会津藩はもともと雄藩であり、親幕府派であり、そして、京都守護職として維新志士には目の敵でしたから、攻撃が苛烈であったために城そのものが攻め落とされる前に降伏しましたが、城下は焼け野原。
会津藩士はその遺体を葬ることすら許されない状態がしばらく続きました。

なんとか懇願が通じて埋葬を許されましたが、肝心の寺も焼け落ちていました。
そこで合わせて、残った城の建物を移築して寺の本堂代わりにしてもらいました。

それがこの御三階だそうです。
説明板

その正面全景がこちら。
御三階

また、訪問時はたまたま特別公開ということで、外からだけでしたが、内部を見ることができました。
特別公開されていた内部
展示されているものは、松平容保公関係らしいです。
肖像画は晩年の容保公とのこと。

検証の結果、城内にあったときにはこういうものでした、ということです。
検証結果による復元図
飾りも素っ気もないような気がしますが....
観光ボランティアさんは、推測ながら、来客との酒席のために造ったのが主目的ではないか、というようなことをとおっしゃってましたね。

お寺の本堂にするために正面を飾った現在の形の図面はこれ。
現在図
上にある、御三階全景の正面にある唐様の屋根部分が付加されている、ということです。

中に入れないのが本当に残念です。
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Author:しろめぐらー
山形を拠点に日本のお城めぐりを趣味としています。
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藪、へび、昆虫が嫌いなこと、運動不足でバランス感覚にかけていることなど、さまざまな理由によって険しいお城を避けたり、がんばっても途中撤退するなどヌル系ですが、それなりに巡ってます。

一応、現場主義ですが、間違ってたらコメントなどでご指摘ください。

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