岩代桑折西山城(2/4)

※岩代桑折西山城(1/4)はこちら ・・・隠居館
※岩代桑折西山城(3/4)はこちら ・・・中館
※岩代桑折西山城(4/4)はこちら ・・・本丸周辺

さて、西館の西側の虎口にあった石塁跡までご紹介しましたが、その反対側(南側)には低い土塁があります。
土塁

西館はほぼ全周にはこんな感じの塁壁が残っています。
土塁
この土塁の上から、西館と隠居館の間の空堀を見下ろすとこんな感じです。
西館と隠居館の間の空堀

西館は、現状から判断すると南北二郭構造となっていたと思われます。
西館内を区切った切岸

そして、そのような郭を形成する小さな切岸の上にはこんな2つの土壇がありました。
西館内を区切った門か土塁
土塁が欠損したのか・・・と思いましたが、ちょっと不自然。
おそらくはこの土壇の間が門になっていたのではないか、と想像します。

また、西館の北側は土塁ではなく石塁です。
北側にある石塁
こちらは崩れかかっていますが、完存に近い部分もありました。
北側にある石塁
後世の積直しのような気もしますが、どうでしょう?

さて、西館の東、中館との間の空堀です。
西館と中館の間の空堀

こちらは堀底から見たもの。
西館と中館の間の空堀を底から
西側の空堀も見事でしたが、こちらの方が規模が大きいようです。
立派な薬研堀です。

(続く)
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岩代桑折西山城(1/4)

※巨大な山城のため、4回程度に分けてご紹介します。
※岩代桑折西山城(2/4)はこちら ・・・西館
※岩代桑折西山城(3/4)はこちら ・・・中館
※岩代桑折西山城(4/4)はこちら ・・・本丸周辺

ジャンル:中世山城
所在地 : 福島県伊達郡桑折町万正寺本丸・中館・西館 などを含む一帯
お勧め度:★★★★☆
難易度 :☆☆☆☆☆
駐車場 :本丸南にある砲台場跡あたりに駐車できます。
登城日 :2016年11月
城館位置:GoogleMap

【来歴】
Wikipediaから引用。

「伝承によれば、1189年(文治5年)の奥州合戦の戦功によって、伊達郡を与えられた常陸入道念西が居を構えたと言われている。また、応永年間(1400年頃)に伊達政宗が鎌倉公方に背いて立て籠もった赤舘もこの西山城と言われている。

1532年(天文元年)、伊達稙宗は居城を梁川城(福島県伊達市)から桑折西山城に移した。西山城が現在の規模に築城されたのはこの時である。稙宗はそれに先立って陸奥国守護に任じられており、西山城は文字通り陸奥国守護の府城となった。天文5年には分国法「塵芥集」も制定されている。

しかし、1542年(天文11年)、稙宗の三男・伊達実元の越後上杉氏への入嗣問題を巡り、稙宗の嫡男・晴宗が稙宗を西山城へ幽閉するという事件が起きた。この事件を契機に、伊達氏は稙宗方と晴宗方に分かれて内紛状態になり、さらには南東北の諸大名も巻き込んだ大規模な内乱状態となる(天文の乱)。この内乱は約7年続いたが、この間西山城では何度も両軍の攻防戦が展開された。戦況はしだいに晴宗方が優位となり、1548年(天文17年)に将軍足利義輝の命によって両軍は和睦し、晴宗が伊達氏家督を継いで稙宗は丸森城(宮城県丸森町)に隠居した。また、晴宗も居城を米沢城(山形県米沢市)に移し、西山城は破却された。」

※注
応永年間の伊達政宗=9代目当主・大膳大夫政宗 (有名な伊達政宗は、17代目当主。区別する必要があるときには藤次郎政宗と呼ばれる)
伊達稙宗・晴宗=14代目当主と15代目当主

【縄張】
ついに、余湖さんの鳥瞰図に頼る時がきました。
鳥瞰図
※引用元:「余湖くんのお城のページ」のここ
これだけ巨大な城(しかも、この鳥瞰図は整備されている場所とその周囲のみで、遺跡指定範囲はとても広い)で、分かりやすい縄張説明にはこういった先人の力をお借りするのが一番だと思うので・・・(^^;;A

なお、現地(本丸跡)にはパンフレットが置かれていました。
パンフレットの縄張図

パンフレットの縄張図
こちらはさすがに公式なものですから、発掘調査結果などを基にしていてより詳細になっています。
※本丸跡にポストのようなものの中に、2枚目の写真の左上隅にわずかに写っているタッパーに入っています。コストを節約して、かつ訪問者が快適に手に取ることができる・・・桑折町役場、GJ!\(^o^)/

余湖さんの鳥瞰図で全体像を把握し、この現地設置のパンフレットを使って、散策途中の詳細を確認するのが一番でしょう。

【写真】
今回は、本丸周辺を整備作業していたために車が侵入できず、西館から入ることにしました。
西館の西部にある堀
鳥瞰図の隠居館の西にある堀跡。
藪化していてよく分かりませんし、農道整備によって幅が狭くなったと思われます。

この写真の左手あたりから隠居館に入っていけます。
隠居館の全景
隠居館は広大なものの技巧的な部分が少なく、かつ削平も甘くて南側(写真右手)に向かってゆるく傾斜しています。

そのまままっすぐ東に進んでいくと、西館の桝形状虎口があります。
桝形状虎口の石積
折れを伴った、技巧性を感じさせる石積です。
ちょっと全体構造が頭に入らず、石積のみの写真になってしまいました・・・

また、この石積の北(写真でいうと左手の方)にも石積があります。
西館付属の石積か
この時代に櫓門があったとは考えにくいし、小さいし、低いし・・・なんだろう? と近づいてみると・・・
土橋か土塁か
その先は低くなっていまして、土橋か? とも思いましたが、その先に続く道がない。
おそらく、この土橋状の遺構は崩れた石積の塁壁かな?
空堀内部を北から虎口に向かってくる敵を食い止める構想のものかもしれません。

そして、この周囲の最大の見どころは石積みではなくこれではないかと。
隠居館から西館に向かう虎口か
おそらく、これが西館への虎口です。
現在設置されている遊歩道は遺跡保護のためにわざと虎口の脇に造られていると思います。
本来の虎口は鞍部になっているところ。

登って横から見ますと、ここにも石積の残滓が見て取れます。
石積
急斜面を登る虎口、ここにも堅固な門があったと思われます。

(続く)

「福島県桑折町」お食事処 味喜(みき)

ジャンル :うどん・丼・定食
住所  :福島県伊達郡桑折町北半田鍛冶屋敷裏11-4
電話番 :024-585-5202
営業時 :11:00~14:30、17:00~20:00
定休日 :火曜日
駐車場 :10台以上
HP   :食べログ

城館巡りの昼食に選んだのがこちら。
看板

外観
田んぼだらけの国道4号線沿いにあるでっかい看板が目を引きます。

食べログを見ると、でっかい「さぬきうどん」の看板ながら天丼の方が評価が高いようです。
まずはメニュー。
メニュー

メニュー

メニュー

メニュー

メニュー

メニュー
定食類も豊富ですね。

お腹に余裕があれば、うどんと天丼をセットで頼むのもありでしょうが・・・私には無理。
無理に頼んで残すのももったいない。

ということで、あっさりと、でもちょっと油っ気も、ということでこちら。
たぬきうどん
こちらのメニューでいう、揚げ玉ぶっかけうどんです。
見た目の特徴は、やはりカニカマ。
そしてすりごま。

麺の太さはこのぐらいです。
うどんアップ
さぬきうどんとしてもとてつもない「ごんぶと」

さて、お味ですが・・・
つゆは特段特徴があるわけではないですが、「さぬきうどん」のつゆではないのは見た目にも明白。
東日本のそばつゆ・うどんつゆです。
もちろん、まずいわけではなく、こちらの人間にはおなじみの味。

うどんは太いだけでなく硬い。
以前、四国でうどんを食べた時にお店の人に言われました。
「硬い、と、コシがある、は違うんですよ」と。
この言葉に従うと、こちらのうどんはコシがあるではなく、硬い分類にあてはまります。
とはいえまずいわけではなく、好みでしょうね。
私は、もうちょっともっちりした方がいいけど・・・まあ、好みの部類(*´ω`)┛
硬麺&太麺好みはどうしようもありませんwww

全体としては、けっして「さぬきうどん」ではないと思いますが、こういううどんもありです。
となると、うどんより評価が高い天丼に興味が惹かれます。

岩代春日館

ジャンル:中世平山城
所在地 : 福島県福島市渡利舘 地区の大部分
お勧め度:★★☆☆☆
難易度 :☆☆☆☆☆
駐車場 :春日神社の駐車場(5~6台程度)をお借りするしかありません。
登城日 :2016年11月
城館位置:GoogleMap

【来歴】
不明。
ただ、信達二郡村誌(明治35年発刊)によると、春日館の館主として「亘理安房守」の名が伝承されていると記載されているそうです。

住所表記にもあるとおり、ここは「わたり(渡利)」。
「わたり(亘理)安房守」と関係性がありそうな気がします(漢字の誤記や、中世の頃は書物によって同一人物の漢字表記が違うことも珍しくないこと、人物の混同など)。
それはさておき、亘理安房守に該当しそうな人物としては、伊達成実(伊達政宗を支えた猛将)が考えられます。

※ただし、伊達成実の家系が亘理伊達氏と呼ばれるようになったのは、豊臣秀吉による伊達家転封によって、亘理に所領を与えられた後です。

また、春日館は椿館(こちらこちら)から東に1㎞と非常に近い位置関係にあります。
築城時期は違えども、同時に運用されていた時期があったとすれば、春日館は椿館を補完する支城だったと思われます。

【縄張】
殿上山の山頂から南に向かって梯郭式の構造となっているところが主要部と思われます。
畑地化等されていますが、おそらく当時の郭の構造をある程度は保っていると思います。
しかし、東側はほぼ宅地化されているため、遺構は消滅しています。

【写真】
南端部には春日神社があります。
鳥居

春日神社
宝暦5年(1775年)に正一位を授けられた、由緒ある神社ですね。

こちらもかつては郭の一部や居館や家臣屋敷であったかもしれません。

ここから直接主要部には行けませんので、一度境内を出て、左手(東)に進むと、この標柱があります。
案内標柱
この「殿上山」が春日館の主要部となります。

あとは道なりに進んでいきますと館の主要部が見えてきます。
主要部の全景
手動パノラマなのでずれてるのはご容赦をm(_ _)m
ほとんどが畑となっています。

ちなみに、この写真を撮った南側には腰郭らしきものがありました。
藪化した腰郭と思われる遺構
藪化していてよく分かりません(^^;A

さて、畑の中央部を走る農道を歩いていくと主郭部が近づいてきます。
三の郭あたりから主郭方向

こちらが主郭の東側。
主郭部(東側)
現在は人気のない児童遊園になっています。

こちらは西側。
主郭部(西側)
写真右手に小山のようなものが見えます。

見上げるとこんな感じです。
櫓台を南西から見上げたところ
岩がごつごつしていて急斜面。頂上には祠らしきものが見えます。

登り口を探してぐるっと回り込むと・・・
櫓台北辺りの犬走状の遺構
犬走のように細くなっていて、小山はほぼ全周が急斜面です。

で、当然、祠があれば登り道はあるものでして。
櫓台への階段

登ると、やっぱり祠でした。
かつての館神か
最初はもう御神体は遷座したものとばかり思いましたが、鈴の紐(すいません、正式名称は知りません)が新しかったので、今も御神体はあるかもしれません。
覗き込むのもいかがなものか、と確認はしていません。

破壊、改変がどの程度行われたかは分かりませんが、主要部については当時の構造を踏襲した状態で利用されていると思われます。

「福島県福島市」焼肉・餃子 ひたち

ジャンル :焼肉・餃子・居酒屋
住所  :福島県福島市飯坂町鯖湖町7
電話番 :024-542-3505
営業時 :17:00~23:00(月~土。日・祝は22:00まで)
定休日 :不定休
駐車場 :3~4台
HP   :食べログ

飯坂温泉には照井さんのほかにも餃子の名店があります。
外観
ひたちさんです。
お店で注文や食べている途中、地元の方がひっきりなしに餃子のテイクアウトで来店していました。

メニュー
メニュー

メニュー

メニュー

メニュー

メニュー
メニューを見なくても店名で分かるとおり、餃子と焼肉の組み合わせという、ありそうでなかなかない組み合わせのお店です。

両方食べようと思えば、「どんどんセット」!。

まずはロースターがお出ましです。
ガス式の焼台

次にお通しみたいな感じで玉子焼きと冷奴登場。
玉子&奴

さして時間をおかずに豚肉&牛肉も登場。
お肉

お肉をジュージューやっていますと、最後に餃子の登場です。
餃子

餃子の断面
断面
かじったもので失礼m(_ _)m

お味ですが・・・
玉子焼きと冷奴は普通ですw

お肉ですが、豚肉にやや嚙み切りにくい部分があったものの、普通においしい。
牛肉も普通においしい。
1人前650円と900円のお肉と考えると、かなりお得感があります。

餃子は、このお店はノーマルと薄皮の2つがあるのですが、なんの注釈もなかったのでノーマル版だと思います。
照井さんよりは皮がやや厚めですが、カリカリに焼きあがっていていい食感です。
具材の構成も照井さんと大きな違いはないようですが、こちらの方が肉汁が濃厚です。

う~ん、安くておいしい!
今回は照井さんの次に寄ったので、他のメニューには手が出せませんでしたが、これならほかのメニューにも期待できますね。
訪問された方々
プロフィール

しろめぐらー

Author:しろめぐらー
山形を拠点に日本のお城めぐりを趣味としています。
あわせて、各地のおいしいものも楽しみにしています。

藪、へび、昆虫が嫌いなこと、運動不足でバランス感覚にかけていることなど、さまざまな理由によって険しいお城を避けたり、がんばっても途中撤退するなどヌル系ですが、それなりに巡ってます。

一応、現場主義ですが、間違ってたらコメントなどでご指摘ください。

完全にブログ更新通知と化してしまったTwitterアカウント= https://twitter.com/jcrsrchr

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