羽前山形城三の丸堀跡

山形城三の丸の堀跡の公園をご紹介します。

これまでの記事。
山形城
山形城三の丸

三の丸の外郭線のラインはこんな感じです。
地図
山形県資料を基に私が目視と手作業でマッピングした地図はこちら

まずは南西にある稲荷口あたり。
寿稲荷神社
昔からここにあったのかは不明ですが、稲荷口ですから、稲荷神社です。

その背後(西側)が公園となっています。
堀跡

ちょっと時間をおいてしまったので夜景になっていますが、高低差を見るとこんな具合。
高低差

こちらは北側、下条口の東側の堀跡です。
西側から順に。
北側堀跡(みつばち公園)

公園のおおよそ中間からさらに。
北側堀跡(みつばち公園)
この写真の撮影位置のあたりには堀跡を示す標柱があります。
堀跡碑

以上です。
本当にかすかな残滓としか言えませんけれどもね。
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羽前延沢城・・・の記事

2017年3月11日の山形新聞を読み返していると、こんな記事が!
タイトル

ほほう!\(^o^)/

以下、記事を抜粋。
概要部

事業成果

写真
以前登ったときは、とにかく草が多くて撤収した記憶があります(登城口はこのあたり)。

現在の展示場所:尾花沢市役所学習情報センター・悠美館(山形県尾花沢市若葉町1丁目8−25
問い合わせ先:尾花沢市教育委員会社会教育課(0237-22-1111 内線327)
元記事へのリンク:山形新聞HPのこちら

上記新聞記事は山形新聞社の著作物です。
著作権者の方は、好ましくないので削除すべきとお考えになる場合にはお手数ですが、コメント欄にその旨を記載ください。
気づき次第対応します。

遅ればせながら小峰城の震災被害報告

実は、廣鮨さんの大将に聞くまで知らなかったのですが、小峰城の石垣が崩れていた事実を知りました。
遠目で見ると、復元三階櫓はなんともないので無事だとばかり思っていました。

近くから見た三階櫓。
三階櫓付近
三階櫓付近は復元の際に補強したのでしょうか? 目立った被害は見えませんが、手前の石垣が崩れています。
きれいに土だけ出ているのは復元準備のためと思われます。

ここは小峰城で私が大好きな、本丸直下の高石垣があったところ。
高石垣
布目積のきれいな石垣がきれいさっぱりとなくなっています。

その左側にはまだ手つかずの状態の石垣がありました。
崩れたままの石垣
2012年現在、本丸には近づけません><
美しい小峰城が復活するのを心待ちにしています。

なお、背後から見ると・・・
搦手方面
天気が良くて、美しい紅葉と三階櫓が映えていました。

テーマ : 史跡・歴史的遺物
ジャンル : 学問・文化・芸術

伝「新庄城から改植された松」

山形県新庄市には新庄城がありました。

そこにあったのは戸澤藩。
外様ですが、徳川の譜代中の譜代、鳥居氏の姫をもらって譜代並みの扱いを受けていました。
しかし、戊辰戦争ではあっさりと新政府に味方し、それを怒った庄内藩酒井氏の猛攻を受けて新庄城は焼失しました。

しかし、その城にあった松がいまだに山形県最上総合支庁の表玄関前で生きているという噂を聞き、写真を撮ってきました。
新庄城から移植された松かな?
あくまで公式記録のない話ですが、本当だったら素晴らしいことです。

羽前米澤城三の丸

米澤城そのものについてはこちらをご覧ください。

数年前に見かけてずっと気になっていたのがこちら。
土塁を内側正面から

こちらは、外側から見上げたところ。
土塁を見上げた

前々から気になっていたんです。
多分土塁の残りだろうな、と。

いつの間にかこんな看板が立っていたので間違いございません。
公園予定地の看板
どう整備されるのか、期待と不安が交錯してますw
訪問された方々
プロフィール

しろめぐらー

Author:しろめぐらー
山形を拠点に、日本のお城めぐりを趣味としています。
あわせて、各地のおいしいものも楽しみにしています。

藪、へび、昆虫が嫌いなこと、運動不足でバランス感覚にかけていることなど、さまざまな理由によって険しいお城を避けたり、がんばっても途中撤退するなど、ヌル系ですがそれなりに巡ってます。

一応、現場主義ですが、間違ってたらコメントなどでご指摘ください。

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