アメヤ自動販売機コーナー(機能停止)

ジャンル:展示
住所  :山形県天童市大字山口1955-5
営業時間:24時間展示(?)
定休日 :年中無休(自販機コーナーのみ。お店は火曜日定休のようです)
駐車場 :10台くらいは余裕です

懐かしのレトロ自動販売機、特に山形県内最後のそばの自動販売機だったアメヤさんの自動販売機が修理できずに営業終了となったといううわさは聞いていました(2015年ころ)。
すぐに撤去されるんだろうなと思っていたら、現在も機械そのものはあるらしいと聞き行ってきました。
外観

自動販売機
絵が色褪せたことと値段が消されたほかは、本当に当時のまま残されていました。

これが終了時の告知。
営業終了告知
45年かぁ・・・「人生(?)50年」には届かなかったが大往生ですね。

これまでの歴史をつづった記事が掲示されています。
記事

記事

記事

以後は店舗内で味わうしかなくなったそば。
アメヤさんでは新商品を作って待っているそうです。
アメヤ商品の紹介
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「福島県相馬市」ホテル西山 相馬店

ジャンル:ビジネスホテル
住所  :福島県相馬市中村1丁目3-8
電話番号:0244-36-5001
営業時間:チェックイン16:00~24:00、チェックアウト~10:00
駐車場 :40台(無料・先着順)
HP   :公式

相馬に行ったときに泊まったホテルです。
外観
朝食付きプランもありますが、私は素泊まり。
・・・じゃあ、紹介するものなんてないんじゃないか? と思われるかもしれません。

千年以上続くとされる(一時中断はカウントしません)相馬氏の野馬追。
始まりは相馬氏の祖とされる平将門であり、相馬氏がその伝統を引き継いだといわれています。
その野馬追は武芸の鍛錬として行われていましたが、現在では「相馬野馬追」としてお祭りになって続いています。
メイン会場は南相馬市ですが、総大将の出陣は江戸時代の相馬氏の本城である相馬中村城(現相馬中村神社)で行われます。

前置きが長くなりましたが、このホテルのエレベーターには、相馬野馬追に関係する展示物があるのです。
甲冑
これ、相馬野馬追に使う甲冑だそう。

エレベーターには細長い窓が2つあり、そこから甲冑や兜が見れる構造になっていたのです。
甲冑

甲冑

甲冑

兜
エレベーターの中ということで、じっくり見れないというデメリットがありますが、なかなか珍しいホテルなのでご紹介してみました。

石原莞爾墓所

ジャンル:現代墓所
所在地 :山形県飽海郡遊佐町菅里
駐車場 :新墓所内に数台~10台程度、旧墓所は公園内道路の路側帯を利用
登城日 :2017年12月
位置  :GoogleMap

石原莞爾(いしわらかんじ)氏(以下、「石原」と省略します)は旧大日本帝国陸軍の軍人(最終階級:中将)です。
山形県鶴岡市出身で、「帝国陸軍の異端児」の渾名が付くほど組織内では変わり者でした。
今も載っているか分かりませんが、歴史の教科書では満州事変の首謀者の一人として記載されています。
太平洋戦争開戦前に予備役に編入されて、以後は軍人としての活動はしていませんが、東条英機暗殺計画については首謀者らに聞かされており、賛同しています。
太平洋戦争後は現在の遊佐町菅里で同志らと「西山農場」を結成して開墾事業を行っていましたが、昭和24年8月15日に病没しました。

私にはとても人物評価ができませんが、興味のある方はWikipediaこちらをご参照ください。

まずは西山農場の現存建築物(移築保存)であるという、日輪講堂から。
日輪講堂と新墓所の案内板
見た目は戦後間もなくの建築物とは思えない外観であり、何も知らなければ「変わった形の公民館」にしか見えません。
内部を公開している様子もないので外観を見て終わり。
また、同一敷地内には新墓所への案内板があります。

国道7号線を北上し、左手(西側)に小さな側道があり、そこを登れば新墓所です。
※側道は細いので、北上車線から左折するのは厳しいです。南下車線から右折の方が入りやすかったです。
新墓所
近現代の墓ではなく、墳丘墓ですよね、これは。
それほど敬愛していた人たちがいた、という証拠ですね。

脇には碑文があります。
新墓所の碑
満州事変の首謀者の一人が「永久平和」というのも違和感がありますが、太平洋戦争終戦前までの彼の思想を簡単に書くと、「戦争(武器や戦術)は進化を続けていて、進化した先には最終戦争があり、これに勝利した国を中心とする世界になって平和が訪れる」というものらしいので、彼にとっては最終的な帰結なのでしょう。

また、墓所には簡易な資料室が置かれています。
新墓所に併設された簡易資料室

この中では刊行物が無人販売されています。
各種刊行物

石原の写真や書も飾られています。
石原莞爾の書と写真

石原が生前使用していたいすも座れます。
石原莞爾のいす

ここで、この墓所は国道7号線整備に伴って造られた新墓所であることを知り、旧墓所に向かいました。
場所は「道の駅 鳥海」の裏手(東側)の丘陵にあります。
この丘陵には「鳥海ふれあいの里」という自然公園があり、その公園内道路を車で登っていきます。
分岐は左側に折れ、公園内道路の北端あたり(そばに携帯電話の電波塔があります)から徒歩で進むことになります。

私が見つけた唯一の案内板がこれ。
旧墓所の入り口
もう旧墓所が目の前のところにひっそりとあるので案内板はないも同然です。

こちらが旧墓所。
旧墓所
新墓所が旧墓所を踏襲して造られたのが分かります。
国道7号線の整備の関係で新墓所が造られたのに、旧墓所も健在です。

こちらに飾られている石碑。
旧墓所の碑

思いがけない場所で、思いがけない人物のお墓参りをしてきた、という話です。

「岩手県金ヶ崎町」金ヶ崎要害歴史館

岩手県胆沢郡金ケ崎町西根達小路4-5金ヶ崎城(要害)跡の南の小路の中にある歴史資料館です。
・・・道が細くてたどり着くのにちょっと苦労しました。
外観左

外観右
旅の途中で雨に降られてしまったので寄ってきました。

こういう施設です。
施設概要
雨は降っているし、金ヶ崎要害は以前に訪問済みですので、今回は歴史館のみです。

金ヶ崎要害の縄張図。
金ヶ崎要害絵図
構造的には、南部氏の影響が強いのか(南部氏領だったことはありませんから、地域性でしょう)、群郭式のようです。
どことなく浪岡城の小規模版のような印象です。
中世の縄張のまま、大きな変更を加えずに使用されたのでしょう。

本丸の居館の絵図。
金ヶ崎要害絵図
建物系は分かりませんw

武家屋敷の模型と説明図。
武家屋敷模型

武家屋敷説明

実物は歴史館のすぐ北側にあります。
歴史館側ではなく、北側の入り口。
大沼家入り口

大沼家住宅外観。
大沼家

金ヶ崎要害関係はあまり多く展示されておらず、江戸時代の仙台藩領北端ということで、南部藩との藩境にかかわる展示が多かったです(割愛)。

金ヶ崎町内の城館の展示も少なく、こんな感じでした。
鳥海柵
鳥海柵

大林城(未訪問)。
大林城説明

大林城説明

展示物は私の興味のある分野から外れてはいましたが、「力に訴える戦国時代も大変だけど、平和な時代の領土問題ってやっぱめんどくさいなぁ」と実感できる施設でしたw

祝「続日本の100名城」選定結果発表!

(公財)日本城郭協会から、「続日本の100名城」(リンク先は公式HP)が発表されました。

個人的には「微妙な城」もあるのですが・・・
まあ、こういうのはお祭りであって、あれこれと苦言を呈することは無粋だし、素直に楽しめればそれでいいのではないかと思います。
城館ファンとしては、こういった情報に接した人が「これが続100名城なら、うちの地域の城も!!」と頑張って整備してくれるとうれしいです(他力本願w)

・・・「遺跡保全と訪問しやすさが優秀な日本の100名城(既選定名城除く)」なんてのがあると、私みたいなヌル系城館ファンにはうれしいwww
訪問された方々
プロフィール

しろめぐらー

Author:しろめぐらー
山形を拠点に日本のお城めぐりを趣味としています。
あわせて、各地のおいしいものも楽しみにしています。

藪、へび、昆虫が嫌いなこと、運動不足でバランス感覚にかけていることなど、さまざまな理由によって険しいお城を避けたり、がんばっても途中撤退するなどヌル系ですが、それなりに巡ってます。

一応、現場主義ですが、間違ってたらコメントなどでご指摘ください。

完全にブログ更新通知と化してしまったTwitterアカウント=https://twitter.com/jcrsrchr

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