羽後神宮寺掃部館

ジャンル:中世平城
所在地 :秋田県大仙市神宮寺館ノ北 ・ 館ノ東 ・ 大巻 にまたがる一部
お勧め度:☆☆☆☆☆
難易度 :☆☆☆☆☆
駐車場 :ありません
登城日 :2017年5月
城館位置:GoogleMap

【来歴】
ネットで出てくる情報も少なく、見つけた情報を箇条書きでまとめます。
・正慶年間(1332~1333)築城
・築城者は小野寺信道の子、道珍
・この一族は神宮寺氏を名乗り、のちに戸沢氏の勢力が強まると、小野寺一族であるけれども戸沢氏傘下となる

【縄張】
遺跡指定範囲だけを見れば単郭ですが、実際には東西幅が遺跡指定範囲の2~3倍程度あったようですので、2郭以上の構造と思われます。
秋田城介さんのHPによると、このぐらいだそうです。

【写真】
田植えが終わった段階だと、近づきにくい城館です。
しかも、JR奥羽本線が中央部を横断しているし、その周囲は基盤整備でほとんど消滅しています。

南側半分はこんな感じです。
南西側から
水田化されていない微高地が遺跡指定範囲(ただし、西側は指定範囲外)にあたります。

上の写真では分かりにくいので切り取ってみますと、城址標柱が建てられています。
城址標柱

線路をくぐって北側に抜けますと、土塁跡らしい微高地が残ります。
北西側から
線路に向かって直角に伸びている部分です。

来歴には書きませんでしたが、廃城時期はおそらく豊臣秀吉の奥州仕置の頃。
「戸沢三十五城」と称された城館(実際は35じゃすまない程度の数があったはず)のほとんどは破却を命じられていますから。
近世前に廃城となった小規模平城で、農耕に適しているこのような土地柄では、遺構はほぼ壊滅というのは仕方ないですね。
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羽後富樫館

ジャンル:中世平城
所在地 :秋田県大仙市神宮寺本郷野 の一部(「神宮寺駅入口」交差点周囲)
お勧め度:☆☆☆☆☆
難易度 :☆☆☆☆☆
駐車場 :ありません
登城日 :2017年5月
城館位置:GoogleMap

【来歴】
説明

先日ご紹介した孔雀城の関連城館です。
流れは上記のとおりです。
土屋館(大曲城遺跡指定範囲のすぐ近く。完全に消滅)へ移り、その後に孔雀城、ということですね。

【縄張】
不明。
遺跡指定範囲はおおよそ120m四方と狭いので、この範囲のみの城館であれば単郭方形の館でしょうが、近世にはすでに宅地化されていたように見受けられますので、もっと広い城館の可能性があります。

【写真】
遺構としては完全に壊滅です。
神宮寺駅入口交差点

来歴で掲載した城址標柱1本のみが、かつてここに城館があったことを示しています。
城址標柱

遺跡指定範囲の半分以上を占めているのがこちら、福乃友酒造(公式HPはこちら)さん。
福乃友酒造看板
大正2年創業ですから、酒蔵としては新しい部類。
富樫氏との関連性は、HPを見る限りは特になさそうです。

羽後孔雀城

ジャンル:古代?~中世平城
所在地 :秋田県大仙市上高畑 の一部
お勧め度:☆☆☆☆☆
難易度 :☆☆☆☆☆
駐車場 :ありません
登城日 :2017年5月
城館位置:GoogleMap

【来歴】
現地説明によればこうです。
城址碑
・・・読みにくいので以下のとおりです。

「戦乱続く室町末期富樫左衛門太郎によって築造された陣屋風の平城である。大工は国重文古四王神社の棟梁飛騨匠甚兵衛と伝え、その墓もある。二重の濠を巡らしていたが今は内濠と土塁のみを残す。居館は明治廿九年の六郷地震で全壊した。西側に往時の室町庭園の面影が残り、城の礎石一基も発掘されている。菅江真澄に「富樫の家は孔雀の丘に作れり」と遊覧記に書いている。」

また、現地の伝承では、築城の初めは富樫左衛門(左ェ門)泰家と伝わっているそうです。
この泰家は歌舞伎「勧進帳」の舞台となった安宅(あたか)の関の関守、富樫左ェ門のモデルです。
「勧進帳」では、奥州へ逃げ延びようとした源義経一行の正体に気付きながら、義経主従の健気さ、弁慶の白紙の勧進帳を見事に読み上げる度胸に感服して関所を通してしまう、という役回り。
「勧進帳」ではその後の富樫左ェ門がどうなったのかは描かれていませんが、秋田の伝承では、義経主従を見逃したことを鎌倉に咎められて(もしくは咎められるのを恐れて?)義経主従の後を追って下向し、出羽のこの地に住むようになった、ということになっています。

まあ、伝承は伝承なので、真偽不明です。

※元ネタはこちら。とてもいいデータベースだと思います。
※安宅の関は加賀国にあった関所。現石川県です(地図はこちら)。関所跡として史跡になっていますが、これといった遺構はありません。

【縄張】
現地標柱の説明通りでしょうから、単郭の城館です。

【写真】
北西側から写したもの。
堀跡
水田が堀跡なのが見て取れます。

この城館跡は完全に民家敷地なので、撮影スポットが少ないです。
辛うじて写しても問題なさそうな、家の門の脇にある祠。
祠
この写真を撮った場所付近に城址標柱があります。

で、これじゃあ記事にならないというわけでもありませんが、大工・甚兵衛さんのお墓を探しに行きました。
甚兵衛の墓
昔のお墓なので、ちょっとした石が置かれているだけ、ということですが・・・
・・・どれだよ・・・
なお、覆いがされているのはお地蔵さんらしきものでした。

説明書きが、遺跡標柱の左右両方にあります。
甚兵衛の説明
・・・読めない・・・orz

甚兵衛の説明
辛うじて、孔雀城と古四王神社の棟梁であることが読み取れました。

かなり小規模な平城にも関わらず、これはよく残ったものだ、といえるでしょう。

羽後佐戸館

ジャンル:中世平城
所在地 :秋田県大仙市東川佐戸 の一部
お勧め度:☆☆☆☆☆
難易度 :☆☆☆☆☆
駐車場 :ありません
登城日 :2017年5月
城館位置:GoogleMap

【来歴】
不明。
戸蒔城(遺構どころか地形も変化してしまっているので紹介なし)の関連城館と思われます。

【縄張】
不明。
旧河川道に面した城館であり、交易や監視目的の城館とすれば、単郭かそれに近い小規模な城館と思われます。

【写真】
ご覧のとおり、遺構はありません。
全景

一応、東西の水路がほぼ遺跡指定範囲の境界に近いので、おそらく堀を利用した水路ではないか、と推測できます。
西堀。
西堀を利用した水路か?

東堀。
東堀を利用した水路か?
旧河川道に沿った地形は(自然変化以外での)改廃はない様子です。

そして、謎の土盛。
なぞの土盛
一応、遺跡指定範囲の北に沿ったものなのですが・・・
土塁跡、というよりは、余った土を盛っただけに見えます。

ということで、遺構は壊滅していました。

羽後八反田城

ジャンル:中世山(丘)城
所在地 :秋田県雄勝郡羽後町新町馬ノ峰 の一部
お勧め度:★★☆☆☆
難易度 :☆☆☆☆☆
駐車場 :八反田公園の駐車場で30台ぐらいはありそうです
登城日 :2017年4月
城館位置:GoogleMap

【来歴】
築城時期、築城主ともに不明ながら、高寺城の支城でありました。
最後の城主は小野寺久松。
最上義光による小野寺攻めの際に落城。
久松は出家したと伝わります。

【縄張】
案内地図
東から南あたりにL字状の小高い尾根のような地形があり、そこに郭を配しているのが見て取れます。
しかし、北部~中心部あたりがグラウンドとして整備され、全体像は不明です。
おそらくは、このグラウンドのあたりに城主館や馬場などがあったのではないか、と考えています。

【写真】
公園入口から登城しますと、目の前に郭跡の尾根状地形が目に飛び込んできます。
主郭を下から

公園内散策路を進みますと、四阿があります。
主郭
これが主郭の北端からの写真になります。

北の方には二の郭が続いています。
二の郭

四阿から南西方向に進んでいくと忠魂碑などがある主郭最奥部に到達です。
主郭最奥

忠魂碑などの裏側には一段低い附属郭があり、その先には空堀(城内通路でもあったようです)があります。
空堀
藪で空堀が確認できないので、下から見るとこうなっています。
空堀

戻る途中で気が付いたのですが、二の郭の東側に腰郭のような地形がありました。
腰郭か

また、グラウンドの西側には土塁の残欠であろう地形が残っています。
土塁の残滓と思われる
この規模の土塁とすると、城の規模と比較してかなり立派な土塁が西~北側に廻っていたのではないでしょうか。

さらに、馬場路を通って大手門跡に向かいます。
馬場路

大手門跡です。
大手門跡
それらしき雰囲気すらありません。

破壊された北側は仕方ないとして、南側の草刈だけでもしてくれればもっと見学しやすくていいお城だと思います。
訪問された方々
プロフィール

しろめぐらー

Author:しろめぐらー
山形を拠点に日本のお城めぐりを趣味としています。
あわせて、各地のおいしいものも楽しみにしています。

藪、へび、昆虫が嫌いなこと、運動不足でバランス感覚にかけていることなど、さまざまな理由によって険しいお城を避けたり、がんばっても途中撤退するなどヌル系ですが、それなりに巡ってます。

一応、現場主義ですが、間違ってたらコメントなどでご指摘ください。

完全にブログ更新通知と化してしまったTwitterアカウント= https://twitter.com/jcrsrchr

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