羽前赤川城

ジャンル:中世平城
所在地 :山形県鶴岡市羽黒町赤川村中 の東半分程度
お勧め度:☆☆☆☆☆
難易度 :☆☆☆☆☆
駐車場 :なし
登城日 :2017年6月
城館位置:GoogleMap

【来歴】
築城主、築城時期ともに不明。
武藤氏(大宝寺氏)の本城であった大宝寺城(大梵字城とも。戦国時代に尾浦城に移るまでの本城。近世最上氏領となった後には鶴ヶ岡城と改称)とは、赤川を挟んで約3㎞ほどの距離であることから、東側への侵攻・防備の重要拠点として築城されたのかもしれません。

【縄張】
破壊が進んでいるため不明。

【写真】
遺構は宅地化によって壊滅しています。
かろうじて痕跡らしきものとしては、南側の堀を埋めたと思われる道路。
南堀の跡か

それと東側の堀を埋めたと思われる農地。
東堀の跡か
写真奥に見える右手の道路沿いの立木の手前の道路辺りまでが遺跡指定範囲です。
さらにその手前の細い道路はもしかすると土橋だったのかもしれません。
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羽前黒瀬館

ジャンル:中世平城
所在地 :山形県鶴岡市羽黒町黒瀬黒瀬 の一部
お勧め度:☆☆☆☆☆
難易度 :☆☆☆☆☆
駐車場 :なし
登城日 :2017年6月
城館位置:GoogleMap

【来歴】
築城主・築城時期ともに不明。

【縄張】
宅地開発等により遺構が消滅したため不明。

【写真】
遺跡指定範囲のほぼ中心地に建つ黒瀬神社。
黒瀬神社
神社よりも公民館の方が大きいですけどね。

黒瀬神社の北には農業用水路が流れています。
黒瀬神社前の道路から、北に向いて左手(西)。
黒瀬神社の北を流れる水路
同、右手(東)。
黒瀬神社の北を流れる水路
ぐるっと回って西側から見たところ。
黒瀬神社の西を流れる水路
手前の水路(黒瀬川)に腰郭状のものがありますが、かつてそのように使われたかどうかは不明。

南側から見た全景。
全景
遺跡指定範囲は狭いですが、GoogleMapを見ると、北~東側に遺跡指定範囲の2倍以上の広さの城域を持っていたのではないか、と思われます。

最上氏と上杉氏の庄内領有争いにおける黒瀬川古戦場が西北西側にあります。
十五里ヶ原合戦で敗れた最上氏は黒瀬館を最前線として起死回生を図りますが、黒瀬川の合戦で敗北し、庄内進出の夢はついえました。

羽前松尾城

ジャンル:中世平城
所在地 :山形県鶴岡市羽黒町松尾成澤向 の大部分
お勧め度:★☆☆☆☆
難易度 :☆☆☆☆☆
駐車場 :なし
登城日 :2017年6月
城館位置:GoogleMap

【来歴】
説明板
要するに、武藤氏6代目長盛の弟・師氏がこの地を分け与えられて松尾城を築いたものの、長盛が後継ぎがないまま早逝したので師氏が7代目当主となった。城主不在となった松尾城はこのときに廃城となった、ということですね。

※当時の武藤(大宝寺)氏当主の城の大梵字城=大宝寺城で、鶴ヶ岡城(鶴岡城)の前身ともいえる城館です。

【縄張】
現在の遺跡指定範囲が全城域と仮定すると、東西に2ないし3の郭が並ぶ悌郭式と思われます。

【写真】
貴船神社の鳥居の近く(西側)道路沿いに城址碑が建てられています。
城址碑
遺跡指定範囲内の1/3ほどは貴船神社(東側)、残りの大部分は林。西端近くには「櫻井古帳太夫」なる人物の墓がありますが、何者か不明。
墓と土塁のような盛り上り
※碑の裏に説明がありましたが、写真の文字がつぶれてしまい判読できませんでした。

墓の背後、遺跡指定範囲の北のライン沿いぐらいのところにわずかに盛り上がった地形があります。
土塁かもしれません。

主郭と思われる貴船神社方向に戻っていきますと、林の中にこれまた土塁のような盛り上がった地形がありました。
土塁のような盛り上り
中央近くは虎口のように低くなっています。

貴船神社の境内の西端にも土塁のように盛り上がった地形があります。
土塁のような盛り上り
ただ、これは境内地を区切るために作られたものかもしれません。

貴船神社の背後にも土塁状の地形があります。
土塁のような盛り上り
写真の撮影位置を失敗してしまいましたが、東側に向かって高くなっていき、すぐになくなります。
もしかすると、ここに櫓台があったのかもしれません。

説明板から読み取ると、南北朝期にわずかな期間(10年程度?)しか存在しなかった城館ではありますが、貴船神社建立のおかげでわずかなりと遺構が残った城館です。

羽前荒川館

ジャンル:中世平(崖端)城
所在地 :山形県鶴岡市羽黒町荒川花沢 の一部
お勧め度:☆☆☆☆☆
難易度 :☆☆☆☆☆
駐車場 :なし
登城日 :2017年6月
城館位置:GoogleMap

【来歴】
築城時期、築城主ともに不明。
位置からして、大宝寺氏(武藤氏)による、出羽三山に向かう街道の一つを監視するためのものではないかと思われます(個人的推測)。

【縄張】
不明。
遺跡指定範囲が全城域であれば単郭か、高低差が少々ありそうなので東西の2郭構造の城館と思われます。

【写真】
県道47号線沿い(遺跡指定範囲の西側)から見るとこんな感じです。
遠景
左手に見切れているのが県道47号線で、少し東進していくと右手に未舗装の農道がありますので、そこから入っていけます。

農道に入ってすぐにある切岸。
北西の切岸

北東の切岸
自然地形をほぼそのまま使ったと思われますが、腰郭を構築したようにも見えます(2枚目の写真)。

そこからまた少し進むと、南側に折れることができるT字路があります。
郭内部に向かう農道
遺跡指定範囲と見比べると、このあたりに堀切があったのではないかと推測できます。

郭内部はこんな感じ。
北側はりんご畑。
郭内部のりんご畑

南側は羊の畜舎。
郭内部の畜舎

羊
関係者以外立ち入り禁止の注意書きがありましたので、内部を確認することはできませんでした。

なお、ここの羊、評価が高いうえに希少性がありすぎてめったに口にできないようです。
羊肉がお好きな方は以下にお問い合わせください。

・羊肉の特徴や販売店舗紹介ページはこちら
・地元で食べられるお店紹介はこちら

羽前谷地館

ジャンル:中世平城
所在地 :山形県鶴岡市羽黒町小増川西ノ門 の一部
お勧め度:☆☆☆☆☆
難易度 :☆☆☆☆☆
駐車場 :遺跡指定範囲の南にある小増川公民館の駐車場をお借りするしかありません
登城日 :2017年6月
城館位置:GoogleMap

【来歴】
築城時期・築城主とも不明。

【縄張】
遺構が消滅したため不明。
遺跡指定範囲もかつての堀跡と思われる農地と、駒形神社付近に点のような指定地があるだけです。

【写真】
駐車場をお借りした公民館。
小増川公民館
写真に写っている小道を右手(北方向)に進んでいくと遺跡指定範囲です。

公民館のすぐ隣にある駒形神社。
駒形神社
このあたりに点のように指定された遺跡指定地があるのですが、山形県の地図資料の縮尺の関係上、どのあたり、と正確には分かりません。

その先に遺跡指定範囲となっている農地があります。
堀跡と思われる農地
言われなければ分かりませんが、城館の遺構があったとすれば堀跡であろうと想像できます。

そこから振り返ると、農業用水が流れています。
堀跡と思われる農地付近の水路
これが堀跡を利用したものかどうかは不明です。

状況から考えると、かなり小規模な城館であったことがうかがえます。
訪問された方々
プロフィール

しろめぐらー

Author:しろめぐらー
山形を拠点に日本のお城めぐりを趣味としています。
あわせて、各地のおいしいものも楽しみにしています。

藪、へび、昆虫が嫌いなこと、運動不足でバランス感覚にかけていることなど、さまざまな理由によって険しいお城を避けたり、がんばっても途中撤退するなどヌル系ですが、それなりに巡ってます。

一応、現場主義ですが、間違ってたらコメントなどでご指摘ください。

完全にブログ更新通知と化してしまったTwitterアカウント=https://twitter.com/jcrsrchr

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