羽前青山城

ジャンル:中世平城
所在地 :山形県東田川郡三川町青山60(玉がん寺)
お勧め度:☆☆☆☆☆
難易度 :☆☆☆☆☆
駐車場 :専用駐車場はありません。玉がん寺さんの駐車場をお借りするしかありません。
登城日 :2016年12月
城館位置:GoogleMap

【来歴】
不明

【縄張】
不明。
玉がん寺の境内が遺跡に指定されていることのみしか分かりません。

【写真】
こちらが城館跡の東からの入り口です。
玉がん寺山門への入り口
ここを城館跡と知る人はほぼいないのではないでしょうか。

玉がん寺本堂
玉がん寺本堂
小規模ながら立派な造りです。

あれ・・・あの家紋・・・
玉がん寺の家紋
遠目ではっきりとは確認できませんが、おそらく「丸に立葵」。
庄内藩主酒井家の家紋ですね。
歴史のあるお寺だとよくあると思いますけど、酒井家の保護を受けていたか、それだけではなく酒井家ゆかりの者が住職だったのか、そのあたりも不明です。


本多家の家紋です(もちろん、似通った家紋を使用している武将もいます)。
このお寺の由来が分からないので、なぜこの家紋があるのかは不明です。

※2017年1月11日修正
酒井家の家紋は「丸に片喰」でした。

こちらが、玉がん寺の南側。
南側
田んぼとの境はほぼ高低差がないですね。

西側。
西側
玉がん寺の裏手(西側)は墓地になっており、このようにわずかな土塁状の盛り上りと、くぼんだ地形があります。
もしかすると、土塁と堀の痕跡かもしれません。

北側。
北側
こちらの方は南側と比較してやや明瞭に塁線状の地形が見て取れますが、過去の遺構なのか、基盤整備の結果なのかは不明です。

う~ん、きっちりと遺構はなくなっていて残念でした。


P.S.
何かの映画のロケ地らしいです。(庄内ロケ地データベース
・・・ただ・・・なんの映画でどういった場面のロケ地なのかも書かれていないデータベース・・・
意味不明すぎる。
せめて、映画名とその場面の一枚のスクリーンショットぐらいないと意味ないよ・・・

P.S.のP.S.
たぶん、「おくりびと」かも。
・・・予想はできるけど、やっぱり・・・
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羽前大山陣屋

ジャンル:近世陣屋
所在地 :山形県鶴岡市大山2丁目20−2
お勧め度:☆☆☆☆☆
難易度 :☆☆☆☆☆
駐車場 :専用駐車場はありません。すぐ南隣の「新民館」の前ならお借りできそうです(平日、学校行事等があればたぶん不可)
登城日 :2016年12月
城館位置:GoogleMap

【来歴】
初代庄内藩主であった酒井忠勝の遺言により、その七男の忠解(ただとし)がわずか5歳の時に新田1万石を分与して大山藩を立藩させました。
その際に築かれたのが大山陣屋です。
なお、その忠解ですが、わずか26歳で嗣子なく没し、大山藩領1万石は幕府に収公され、大山藩はわずか21年で幕を閉じることになりました。
陣屋自体は幕府領となっている間も利用されていたようですが、弘化元年(1844年)に庄内藩の預かり地となりました。

【縄張】
全く不明です。
近世陣屋なのだから、絵図面等があってもよさそうなものですが、ネットを検索しても大山陣屋のデータそのものが少ない状態です。
しかも、山形県の公式な遺跡の地図、リストにも陣屋は記載されておらず、「どういうことだ?」と悩んでいるところです。

【写真】
遺構は全く残っていません。
唯一の陣屋の名残といえるのがこちら。
陣屋稲荷
通称「陣屋稲荷」だそうです。
由緒書きは見当たらなかったので、それも不明。

ただ、名称からすると、陣屋跡に建立・もしくは遷座された、という意味ではないかと思います。

これしか掲載するものがないのもさみしいので、こちらも合わせてご紹介します。
新民館

新民館の説明板
これが新民館です。

本当に、典型的な「昔の学校」スタイルですね。
正面玄関が中央にあり、その上にバルコニーがある、という形。
今じゃこのスタイルは珍しいのではないでしょうか。

羽前尾浦城(2/2)

※羽前尾浦城(2/1)はこちら

【写真】
尾浦城の詰めの城(個人的な推定)から、三の郭を目指しました。
三の郭
もしかすると、手前の公園内道路は堀跡なのかもしれません。

そのまま東に進んでいくと、二の郭の切岸が見えてきます。
二の郭の西側切岸
ここを登ると・・・
二の郭の西側の高台地形
二の郭本体と思われるところより2mほど高い地形の上に出ます。

こちら、二の郭の西側全体を覆うようにされていて、東西幅があります。
土塁として、また櫓台として使われたと思われますが、それにしても東西幅が広い。
実際にどう使われたのかは不明です。

こちらが二の郭本体部。
二の郭
古峰神社あたりはここに写っていませんが、全体的に広いです。
隠居所跡とされていますので、相応の格式を考えたのでしょうか。

そこからまた東に進むと主郭となりますが、その間には空堀が遺ります。
主郭と二の郭の間の空堀
今現在はコンクリート製の太鼓橋が設置されており、わざわざ堀底に降りなくても主郭と二の郭の行き来はできます。

こちらが主郭です。
主郭
主郭西側にも土塁の残滓がありました。

主郭の北側にも郭があります。
主郭北側の郭
なかなか広いので、こちらも主要郭の一つでしょう。

主郭から下っていくと、腰郭群がありました。
主郭南側の腰郭
さらに神社の参道を下っていくと、鳥居の先に小さな平場があり、こちらが厩跡とされています。
厩跡

このまま下っていくと、麓の鳥居に出ますが、鳥居を出てすぐ右手にはこのような水路がありました。
麓の堀の残滓を思わせる地形
尾浦城の「武藤氏本丸跡」とされる主郭部は、高低差が低く、またかなり広い平場を確保できる地形であることから、そちらが常時居館であったと考えると、こちらは馬場や家臣屋敷があったのかもしれません。
と、考えると、この水路はかつての堀の残滓である可能性もあるかも・・・考えすぎでしょうか。

車は三の郭付近に停めたので、主郭から二の郭の南側を通って戻っていくと、こちらには小さな郭があります。
主郭と二の郭の南側の郭

構造的には郭を重ねただけの単純な構造ですが、眺めも良く、気持ちのいい散歩ができる城館跡です。

羽前尾浦城(1/2)

※今回は紹介したい写真が多すぎるので、2回に分けてご紹介します(※羽前尾浦城(2/2)はこちら

ジャンル:中世山城(根小屋式山城か?)
所在地 :山形県鶴岡市大山城山48−2(三吉神社を含む一帯)
お勧め度:★★★☆☆
難易度 :☆☆☆☆☆
駐車場 :東の麓に駐車場があり、また、三の郭と思われる場所付近にも駐車可能です。
登城日 :2016年12月
城館位置:GoogleMap

【来歴】
築城主、築城年代とも不明。
ただし、天文年間(1532年~1555年)に大宝寺(武藤)晴時が大宝寺城(のちの鶴ヶ岡城)からこちらに本拠を移したようですので、それ以前にも小さな山城があったとしても、尾浦城としての完成はこの頃以降と考えて間違いないと思います。

【縄張】
詳細が分かる資料を見つけられませんでしたが、現地の案内地図は以下のとおりです。
案内地図

【写真】
北側からの遠景。
遠景
なだらかな部分が主要部で、そこから右手にやや高くなっている場所も城域です。

まずは三の郭と思われる場所に車を停めて、そこからスタートしました。

案内地図に「尾浦城址」と書かれている場所を下から。
詰の郭と思われる場所を下から
登ってみてわかったのですが、おそらく、政治・軍事の中心は東の「武藤氏本丸」と案内地図にあるあたり。
こちらは、そちらが攻め落とされた場合に体勢を立て直す、詰の郭ないしは詰の城になるのではないかと、個人的に思います。
攻め落とされた時にはここで反抗できればよし、できなければ、もっと西にある高館(高館山)方向に逃れるための時間稼ぎをするためのもののような気がするのです。

武藤家碑が写真左手あたりにありますが、この左手に今の登り道があります。
現在の登り道
当時の道を改変したものかどうかは不明です。

そこから登っていくと、下から見下ろしたところの突端部に出ます。
詰の郭と思われる場所の東端
非常に細く狭い場所なのですが、下から見上げたとおり、高低差はともかく急峻な斜面なので、重要な防御ポイントと思われます。

この西側にはやや広い平場があります。
詰の郭と思われる場所の中で二の郭相当と思われる場所
基本的に当時の地形を踏襲しているのなら、この「詰の郭」と思われる場所の二の郭相当と思われます。
ここに残存兵を集め、防御態勢を整えるための場所ではないか、と個人的には思います。

ここからさらに西に進んでいくのですが・・・
詰の郭の主要部方向への道
鞍部のようになっており、とても狭い印象を受けます。
なお、この道を進んでいくと高館(高館山)まで続いているようです。

このルートを進みながら、このブロックの主要部らしきピークを見つけましたが、登れそうな道がありません。
そして、そのピークの西に登れそうな場所を見つけました。
詰の郭と思われる場所の主要部方向
・・・この程度の藪ならなんとかなるかな・・・と思っていると。
詰の郭と思われる場所の主要部方向の入り口
・・・入っちゃだめですか・・・

結局、戻りながらいけそうなところを探したのですが・・・
詰の郭と思われる場所の主要部方向の入り口
一度登り口に戻り、北側も確認しましたが、どこにもこの侵入禁止の注意書き・・・

この「詰の郭」、ほぼ入山規制で入れませんでした・・・

(続く)

※年末年始はちょっと多忙なため、年始明けまで更新はできないと思います。

羽後一條館

ジャンル:中世山城
所在地 :山形県酒田市市条八森921(八森自然公園) の一部
お勧め度:☆☆☆☆☆
難易度 :☆☆☆☆☆
駐車場 :公園内には駐車場がいっぱいあります。
登城日 :2016年10月
城館位置:GoogleMap

【来歴】
不明

【縄張】
不明。現在の遺跡範囲の地図を見ると、主体部分として2~3郭構造と思われます。

【写真】
以前から、この付近のどこかに城館がありそうだな、と思っていましたので調べてみたらやっぱりありました。
・・・しかし、ネット上の情報では詳細は全く不明。
見てみるしかないだろう、公園内だからたぶん楽勝、と思って訪問しました。
展望台(城域)入り口
キャンプ場となっている場所の外にある、5台程度停められる駐車スペース脇から登ることにしました。
なお、すぐ舗装はなくなります。

公園内散策路を進みながら、城域と思われる場所を見上げたところ。
城域外と思われる地点から城域と思われる場所を見上げたところ
・・・あまりの緩斜面に不安になります(-∀-)

とりあえず、展望台へ到着。北端部から登るルートも緩斜面でした。
二の郭と想定したところ
見事に公園です。
でも、秋の行楽シーズンなのに誰もいない・・・
近くのイベントスペースっぽいところにはそこそこいたのにな・・・

この展望台の近くから北方向を見下ろすと・・・
展望台付近から北東方向を見下ろしたところ
うん、緩斜面だ。
防御性はあまりない様子。

そこから南東方向に向かう通路。
主郭・二の郭と想定した場所をつなぐ通路
通路は狭く、左手には土塁状のものが・・・
公園整備に伴う改変があったかなかったかは不明ですが、ほぼ整備前の地形と判断しました。
歩道なのだから、わざわざ土を削って通路を作る必然性はないですからね。

その先には広くなっています。
主郭と想定したところ
ここまで見て、「ここが主郭、展望台があるところが二の郭、土塁状のものがあるところは城内通路」と想定しました。

その後、この記事アップのために遺跡地図を確認したところ、どうも西方向にあるスポーツ施設?あたりも一部城館の範囲ではないかと思い至り、そちらを見てこなかったことを後悔しました(。´・(ェ)・)

まだまだ修行が足りません・・・
訪問された方々
プロフィール

しろめぐらー

Author:しろめぐらー
山形を拠点に、日本のお城めぐりを趣味としています。
あわせて、各地のおいしいものも楽しみにしています。

藪、へび、昆虫が嫌いなこと、運動不足でバランス感覚にかけていることなど、さまざまな理由によって険しいお城を避けたり、がんばっても途中撤退するなど、ヌル系ですがそれなりに巡ってます。

一応、現場主義ですが、間違ってたらコメントなどでご指摘ください。

完全にブログ更新通知と化してしまったTwitterアカウント= https://twitter.com/jcrsrchr

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